バトル

2017年11月23日

Mayu先生が先日NYCのExileのダンススタジオEXPG-NYCにて
開催されたダンスバトルでBest4という好成績をおさめられました。

様々なダンスバトルがある中で、HIPHOPカルチャーが発祥したNYCという
世界で一番センス、そしてレベルが高い場所において、様々な人種が参加する中、
準決勝ーBest4では黒人の男性相手にバトルしている映像になります。

Mayu先生は以前、台湾のアジア大会でも優勝している事から、
ここ川越にて日々鍛錬していく結果が、世界に通用していく事実を
皆さんにお伝えする事ができているかと思います。

生涯現役。継続のみがチカラなり。

まさにこれのみぞ尽きるダンスライフを皆さんもエンジョイしていきませんか?
ダンスは正直で、言葉がなくても音楽と共に相手に気持ちが伝わる素晴らしい
【地球共通語】なのです。

2015年8月6日

maxmayu

 
今年の4月に台湾の高雄で
行われたストリートダンスのアジア大会にて、
ハウス部門で優勝する事ができました。
男性も混じっている中、
”女性にしか出来ない表現”をモットーに、
優勝を納める事が出来たので、
大変嬉しく思います。

私が女性ダンサーで唯一、
目標としていたNYCのMarjory Smarthというダンサーが今年の2月に亡くなってしまいました。
まだ45歳という若さで乳がんで他界されました。
どういう運命の巡り合わせかわかりませんが、
私は偶然にもNYCで行われた彼女のお葬式に参加する事ができ、
最後に彼女の素晴らしい身体に触れる事ができました。
涙が止まりませんでした。
今でも思い出すと悲しいです。
彼女は175cm位身長があり、
手足の長いダンサーとして、
バツグンのスタイルとチャーミングなキャラクターで、NYCのクラブシーンでは誰もが認めるスーパーダンサーでした。
彼女がいると、なんだか気持ちがハッピーになって、こちらまで踊りたくなる、自然と真似したくなってしまうのです。

はじめてNYCに行った15年前頃は、生徒さんも全然いなくて、プライベートレッスン状態だったのが、亡くなる前には、世界中から見たいと望まれる、スーパーダンサーになっていたMarjory。
彼女は、ずっと今のバトルシーンに対して、
「ダンスは闘うだけのものではない。みんなが共有するものなんだ。また昔みたいな、みんなが踊り合う時代がきっと来る」と意見を述べていました。

実際、私が2013年12月にNYCのJUSTE DEBOUTに参戦しに行った時も、Marjoryらは観戦しに来ていましたが、バトルを観るのではなく、ほとんどずっと自らが楽しく踊りながら、時間を過ごしていたのを覚えています。
自らが踊る事によってメッセージを発信していたんです。
「みんな勝ち負けではないよ、ダンスは」というメッセージを。

私達、90年代と呼ばれるような世代は、常にNYCの先輩から、音楽もダンスもファッションも技術も全て学んでいました。
なにしろカッコよいから、真似したくなっちゃうんです。
彼女らの存在そのものが、HIPHOPカルチャーの象徴でした。
昔のNYCのすさまじい環境の中で、産まれ、磨かれたNew Schoolのはじまりです。

今は商業的に、ダンスのジャンル分けがハンパないですけど、昔の人らは、皆さん、色んなジャンルを経て今のスタイルになっているんです。
Marjoryは、お母さんがダンスの先生であった事もあり、あらゆるダンスアフリカン、ジャズ、サルサ、HIPHOPなど…を踊れて当たり前というダンスの経験があるからこそ、ハウスミュージックという様々な音楽が融合した、自由な表現が可能なハウスダンスというものを創る事が出来た、オリジネータでした。
彼女は、女性にはいつも、男ではないのだから、女性らしく踊れと指導していました。
自分のアイデンティティーを大事にしろと。

そんな背景があり、以前から、素晴らしいジャッジを選択して、MarjoryやNYCの間違いない先輩らが、参加していたダンスの歴史を正しく認識している台湾のMAX PARTYには、是非参加したい、バトルに優勝して、亡くなったマージョリーへの感謝をマイクで言うんだという強い想いを抱きながら、今回参戦しました。

MAYU(MAD:B)